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大村智先生コメント 祝ノーベル医学・生理学賞北里大学

日本人で医学生理学賞の受賞が3人目です

ノーベル財団は「人類への計り知れない貢献」とコメントしています

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大村智(おおむらさとし)さんのコメント一部

あさイチテレビで流れた
やったことはだいたい失敗すわけですよ


はるかに難しかったり
うまくいかなかったり
しかしびっくりするくらい上手くいちゃう事があるんですよ


その味を味わってしまうと
後何回失敗しても怖くないですよ
それが研究の楽しみですよね
努力ももうちょっと、もう一歩、もう一晩


大村さんの研究はアフリカなど熱帯地域で蔓延する病気の治療に役立ちました
その鍵となったのが土の中にいる微生物
いつも小さな袋を持ち歩き土を集めていました


大村さんは土の中から病気の治療に効果がある抗生物質を作る微生物を発見しました
開発された薬は世界中で使われ感染拡大の防止に貢献したと評価されました


そんな大村さんにいち早く注目していた人がいます
日本科学未来館
東京都江東区


コミュニケーター
日本科学未来館では毎年、ノーベル賞者を解説員が事前にを予想しています
発表の瞬間もネットで生中継しています


ネットで受賞者の業績をいち早く解説するイベントをしていました
今回多くの解説委員は他の研究者を予想していたそうです


この中でただ一人大村智さんの受賞を予想していた人がいました
田村真理子さんは去年の春から大村さんが受賞するのではないかと考えていました
田村真理子さんは事前に集めてあった資料を使って大村智さんの業績や人柄を解説しました
よかった!と自分の事のように喜んでいました


大村智先生から頂いた色紙を手に持ってあさイチのテレビに出演しました
平成26年元旦に書かれた色紙です

直接先生にいただいたそうです大事にされています
「皆の祖先、自分の祖先を大事にしないといけないよ」とおっしゃって下さったそうです
「敬神崇祖」
今回お忙しいと思いFAXのみ送信したそうです
クローズアップ現代でのVTRも放送中流れました

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大村智(おおむらさとし)さん現在80歳の経歴です
【経歴】
1935年生まれ
山梨県韮崎市生まれ
農家の長男
高校時代はサッカー、スキーなどに夢中
1958年 山梨大学学芸学部自然科学科 山梨大学卒業
23歳の時 都内の定時性高校の理科教師になる
ちなみに、先生が勤めていた東京都立墨田工業高(江東 区)は6日午前に臨時の全校集会を開き女性の校長先生がノーベル賞受賞を生徒に報告しました・・・
・・・ここでターニングポイントが


昼間働いて夜も必死で学ぼうとする生徒達ののひたむきさに自分も学び直さねば恥ずかしいとすぐに大学院へ入り直す
1963年東京理科大学大学院理学研究科修士課程修了
   山梨大助手になる


1965年北里研究所に入所
30歳
1974年ゴルフ場の土の中から未知の微生物を発見
39歳
    米留学を経て


1975年 北里大学薬学部教授
1990年 里研究所長
2007年 北里大名誉教授。文化功労者
⇒抗生物質「イベルメクチン」


1970年代には日本において産学の連携がまだ珍しかったのですがその頃から海外の企業と契約を結んで目覚ましい実績を上げてきました、そして多くの人々を病気から解放しましたこの事が今回のノーベル賞受賞につながっています


主にアフリカに住んでい寄生虫の症状をだした時、被害があった人に効果があるとか 今でも3億人の方に投与されている


土の中にはすごく沢山の微生物がいます約1グラムの中には1億匹もの微生物がいます
その1億匹の微生物をひとつひとつ研究したそうです


まさに地道にコツコツやり続けたのです
現代の野口英世さんと言えると賞賛されていました


大村智さんの経歴を拝見すると元々科学や医療の勉強をされていた訳でもなく田舎の大学へ父親の一言から進学し就職先の夜間学校に通う生徒に触発され上へ上へと勉学を積み重ねたのが凄い努力だと感心しました


しかも北里研究所に採用された時も研究職ではなく技術補だったとは
人間には目覚めていない未知の力や能力が潜んでいると思いました


韮崎大村美術館を建設して収蔵品をすげて韮崎市に寄贈しその隣には武田乃郷白山温泉まで建設して温泉施設のオーナーとは驚く能力だと感心しました


その他にも北里研究所を立て直して新しい病院も建設している点。人材育成も素晴らしく大村門下からは教授が31人でており学位取得者は120人にも及ぶという数字が物語る素晴らしさ


研究者として超一流、法人経営者、教育者という全てにおいて超一流なのが素晴らしい
    
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